面倒な事からは逃げない。嫌な事からは逃げる。これで大体上手く行く。
「自分自身が変化することで問題が解決する」ならそれは「面倒な事」です。ここからは逃げない方がいいです。 でも「他人が変化しないと解決しない問題」は「嫌な事」です。これはさっさと逃げないとダメです。 「変わろうとしていない他人が変わることを期待する」のは、「変わりたくない自分に変わることを要求される」のと同じなんですよ。
そうだ、ヒモになろう。
「自分自身が変化することで問題が解決する」ならそれは「面倒な事」です。ここからは逃げない方がいいです。 でも「他人が変化しないと解決しない問題」は「嫌な事」です。これはさっさと逃げないとダメです。 「変わろうとしていない他人が変わることを期待する」のは、「変わりたくない自分に変わることを要求される」のと同じなんですよ。
子供の頃、自分が138cmとか148cmの時に背を測る時、ちょっと背伸びとかしませんでしたか? あるいはアスレチックで遊んでいたときに、あと少しで届きそうなロープや足場に手足を伸ばしたりしませんでしたか? その時、手とか足はピーンと張ってますよね? この体勢を後10分続けろって言われたらキツイですよね?
一昔前は、「何事も一生懸命に仕事や学業に励む」のが美徳とされていましたが、今の時代にそれは悪癖です。 企業でも自営業でも組織でも個人でも、費用対効果を意識せず、無駄なことばかりしていては「非効率」の烙印を押されてしまいます。
僕が今働いている職場の近くに小学校の体育館があるんですが、 今日は一学年くらいの人数が集まって、ソーラン節の練習をしていました。 秋の運動会とかで発表するんでしょう。先生方も指導に熱が入っているようで、こちらにまで元気な声が響いてきました。
僕は大学卒業後、半年間だけ正社員として小さなIT会社に勤めていました。 新卒で入るにはもったいない話だったのかもしれませんが、アルバイトもサークル活動も全くしていなかった僕にとっては、入れただけでも儲けものだったと感じています。
感謝クレクレさんの増殖問題と合わせて、職場における悩みの種になることが多いのですが、 大抵の管理職は基本的に「管理」が下手です。 管理といっても個々人の定義によって色々だと思いますが、 僕の定義では「物事がスムーズに進むよう取り計らいをすること」です。
僕は同級生に刺されたり、同級生を刺したりしませんでしたので、概ね順調な学校生活を送っていました。 ただ、実技授業で作った物を捨てられるとか黒板に覚えのない誹謗中傷を書かれたりといったオーソドックスなイベントはよくあったので今になって考えると、学校という制度自体がもう限界に来ているんじゃないかな感じます。