どこまで行ってもネットはアングラ
インターネットというシステムが普及することで、僕らの生活は大きく様変わりしました。
インターネットは揺り篭から墓場まで僕らにお供してくれる便利なモノになったわけですが、どんなに技術が普及しても、コミュニケーションツールとして不動の地位を築くのは難しいでしょう。
一対一、あるいは多対多のコミュニケーションをしている時、僕らの脳は僕らが知覚できないくらいたくさんの情報をやりとりして、相手との距離感をつかもうとしています。
相手の表情や匂い、会話と会話の間、身振り手振り、過去に出会った誰かとの共通点やそこから生まれる人格の推理。
いわゆる「一目惚れ」や「生理的嫌悪感」というのも、突き詰めればこういう意識できない情報のやり取りから生まれる脳の総合的な判断だったりします。
ネットを介したコミュニケーションがこのレベルに達するのは相当未来の話になるでしょう。
それこそ人間の五感を再現し、神経や細胞の働きを一つ一つ解明して、人間を「複製」するのではなく「作製」できるようなSFめいた世界になるまでは。
地下に太陽の光は届かない
インターネットの世界は広大ですが、その広大さゆえにセオリーや指針が全く定まらないほど、独自のコミュニケーションルールが溢れ返っています。
にもかかわらず、五感をフル活用出来ない状態で他人との距離感をつかむことを強いられるわけで、これはインターネットというシステムによほど適合できていなければ成し得ないことです。僕も出来ません。
僕はネットのコミュニケーションはモグラの生態に近しいものがあると感じています。
モグラはほとんど目が見えず、地下に巣を作り嗅覚を頼りに生活していると聞きます。
繁殖する際は、オスが行動範囲を広げてメスを探すそうですが、基本的には定住生活です。
最近はSkypeやLINE電話など相手の顔を見ながら会話をするツールもありますが、インターネットで誰かとお近づきになる時、もっとも重要なのはモグラと同じく嗅覚です。
「きな臭さ」「うそ臭さ」を感じられるかどうかという意味での「直感」に近い感覚ではありますが、頼れるものがそれほど多くないという点では似ています。
ただ、モグラはそこまで深くひねくれた巣穴を作るわけではありませんが、人間の作り出すインターネットという領域は、巣穴の深さや形が人によって全く異なり、とても全貌を把握できるものではありません。
そういう状況で他人とコミュケーションするのであれば、自分の活動する深さと掘り進んできいたトンネルの形が近しい人としかまともな対話は出来ないでしょう。
相手がどんな存在であるか判断する材料が少なく、伝えられる情報に限りがある以上、あらかじめ自分の中で「この相手とは対話が可能になる判断基準を」を明確にしておかなければなりません。
出力マキシマム!
インターネットは「発信」に特化したツールであり、そうなるべきだとも考えています。
ネットを介したコミュケーションだけで相手への理解を深めるには、五感を用いた対話をしなくなった時、ある意味で「人間でなくなった時」にこそ可能になるからです。
人間の脳的にはtwitterやLINEのような相手の見えにくい短いやりとりの繰り返しは、かなりまだるっこしいやり方と言えるでしょう。
相手に伝えたい何かがあるなら、「創作」した方が自分の意図は伝わりやすいはずです。
自分が作った何かには、例え光がなくても、必ず自分の「影」が現れます。その「影」は相手にこれ以上ないくらい自分という人間を物語ってくれるでしょう。
それを踏まえた上で、「理解の及ばない相手には不干渉を貫く」というスタンスを保てれば、まだまだインターネットは僕らの助けになってくれるはずです。