学校はオワコン
僕は同級生に刺されたり、同級生を刺したりしませんでしたので、概ね順調な学校生活を送っていました。
ただ、実技授業で作った物を捨てられるとか黒板に覚えのない誹謗中傷を書かれたりといったオーソドックスなイベントはよくあったので、今になって考えると、学校という制度自体がもう限界に来ているんじゃないかな感じます。それはもうひしひしと。
僕の経験上、生まれついての暴君というか、社会悪の体現者(生徒に限らず教師とかも)というのは一定数存在します。
子供にとってはそういう人間が一人でもいる学校は毎日が生存競争みたいな日々になるので、
そんな所に行きたくない! 助けて! っていう子は絶対います。
そういう子には心を落ち着ける安全地帯が必要になるわけですが、これを担う家庭もいまや機能不全に陥っているパターンもかなり多いはず(もしかしたらそういう家庭で育った子が狙われやすいのかもしれません)。
大人が生きにくいのに子供が生きやすいわけがない
現代における集団行動の難しさは、僕が生きてきたこれまでの30年と比べても圧倒的に上がっています。
スマホやネット、デジタル化が進んだことによる相互監視が行き届いているから、「場を乱す行動」「期待に沿わぬ価値観」が他人に補足されやすくなっているからです。
学校のクラスメイトのみならず、会社の同僚、遠くの親戚等々、twitterやLINEでつながっていれば「知人が今何をしているか」「友人がどんな価値観を持っているのか」を把握するのはかなり容易いはずです。
そういう部分がチラとでも目に入れば、良くも悪くも。その人に対する印象は変わります。
人の嫌な所に目がいきやすい環境が整っているわけで、そんな中で最低でも10年間、健やかに学生生活を送るのはほぼ無理です。
学校っていうステージは、まだ自分自身の力が育ちきっていない状態で通うわけですから、やばい奴に目を付けられない知恵があるか、相手を文字通りねじ伏せられる力があるか、単純に運がよくないとクリアできません(僕は知恵2運8ぐらい何とか切り抜けたタイプです)。
成人を過ぎれば自分の力で安全地帯を確保するチャンスが生まれますが、味方が少ない10代の人間にそれをやれというのはかなりの無茶振りです。少なくとも僕には無理です。
だから本来は学校に馴染めない人間に対する受け皿ってのが必要なんですが、悲しいことに今の時代にはそれがない。余裕がない。
そんなもの必要ない、自分の居場所くらい自分で見つけろ、と思う人は申し訳ありませんが、自力で宝くじを当ててからまた来てください。あなたの学生時代は僕と同じく運がよかっただけです。
私塾の時代だ
多かれ少なかれ、これから親になる人達は学校に頼らない子育てをすることになるでしょう。
学校の駄目な部分は無視できないレベルになっていますし、学校の楽しさを胸張って子供達に説明できる人はそうはいません。
学校行っていじめられたり、おべんちゃら合戦を繰り広げるくらいなら、近所のおっさんから、自分の知らない世界の話を聞いてた方が絶対楽しいし、タメになります。
よく知りもしない相手にホイホイついて行って、犯罪に巻き込まれたらどうするのかって?
学校のいじめも、家での虐待も立派な犯罪です。
今の時代、学校と家以外に居場所を作らないのだって十分危険ですよ。
どっちにしろ世の中が危険で一杯なら、子供の内に冒険をした方がいいに決まってます。
そんな冒険の途中にある宿屋のおっさんみたいになれたら、大人としてこれ以上誇らしいことはないですね。